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大阪高等裁判所 平成9年(う)352号 判決 1997年9月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人成田健治及び同小林博孝連名作成の控訴趣意書(ただし、一五頁一〇行目ないし一三行目を削除し、なお第一の一3の匿名電話の信用性に関する主張は、右電話によって犯人が特定されたとはいえないとの趣旨であり、第一の三の審理不尽の主張は、事実誤認の主張の事情である旨釈明した。)及び訂正申立書に、これに対する答弁は、検察官佐藤利男作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、事実誤認ないし法令適用の誤りの主張について

論旨は、本件につき自首の成立を認めなかった原判決には、事実誤認ないし法令適用の誤りがあるというのである。

そこで調査すると、原審証人Bの証言等原審で取り調べた関係各証拠によれば、被告人は、本件の八日後である平成八年九月三日に曽根崎警察署に出頭したが、捜査機関は、遅くとも同年八月三一日の時点で、合理的根拠をもって被告人を犯人と特定していたということができるから、被告人の右出頭が捜査機関に発覚する前になされたものとはいえず、したがって、本件につき法律上の自首に該当しないとした原判決の判断は正当であって、この点について原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところに誤りは認められない。以下、所論にかんがみ説明を加える(以下の月日は、いずれも平成八年である。)。

所論は、捜査機関は八月三一日の段階においては、被告人の属する暴力団甲野会からの連絡により、犯人が同会の構成員であることを把握していただけで、その氏名も把握していなかったため、逮捕状の請求もなされなかったものであり、また同日捜査本部にかかってきた、被告人を本件の犯人であるとする匿名電話も、その内容に何の裏付けもなく信用できるものではないから、右段階で捜査機関が犯人を特定していたとはいえないというのである。

しかしながら、前掲各証拠によれば、捜査機関は本件、犯行当日から二、三日の内に、本件被害者であるC及びその場で被害者側の人物から射殺された本件共犯者のDの身元を割り出し、Dが暴力団甲野会の構成員であることや、甲野会の初代会長が昭和五八年ころCの配下の者に襲撃され、翌年にも何者かによって襲撃されており、それがもとで数年後に死亡した経緯があったことなどの情報をつかみ、また複数の目撃情報により、本件犯人のうち一名が逃走したことや、その犯人のおよその年齢や身体的特徴等をつかんでいたことから、甲野会関係者の中から容疑者を絞り込んでいったこと、そして、年齢の点から、若頭のE(当時三〇歳)、若頭補佐の被告人(当時二九歳)及びF(当時二九歳)の三人が一応犯人像に該当したが、Eは身長の点で犯人像に該当せず、Fは事件の二日後である八月二八日に事務所当番をしていてその挙動に不審な点がなかったことから、いずれも容疑者から除外され、他方被告人については、Dが被告人のすすめで甲野会に入ったことや、被告人がDの兄貴分であることなどが判明したため、被告人に対する容疑は極めて濃厚なものになったこと、このような状況の中で、捜査機関は甲野会に対してさらに接触を続けていたところ、同月三〇日ころ、Eから警察に犯人を出頭させる旨の連絡が入り、翌三一日には、逃走中の本件犯人は甲野会のAである旨の匿名電話があったことから、捜査機関は被告人が犯人であるとの確信を更に深めたが、被告人の顔写真が入手できず、面割ができていなかったため、逮捕状を請求しなかったことなどの事実が認められ、これらの事実に照らすと、捜査機関において、遅くとも同月三一日の時点で合理的根拠をもって被告人を犯人と特定していたことを優に肯認することができるというべきである。

なお、犯人の特定については、必ずしも氏名が明らかになっていることを要しないと解すべきであるが、いずれにしても、捜査機関は同月二七日の時点で、被告人の氏名や本籍、甲野会における地位などを特定した上で、その交通違反歴の照会をしていることが関係証拠(検六五号証)によって認められるから、被告人の氏名が匿名電話によって初めて明らかになったようにいう所論は失当である。

また所論は、Eの前記電話連絡をもって、同人を介した被告人の自首に当たるというのであるが、Eの捜査機関に対する申告内容は、犯人の具体的な氏名や所在場所を明らかにしておらず、すでに捜査機関が把握していた以上の情報は含まれていないから、これが被告人の自首に該当するといえないことも明らかであって、この点の所論も採用できない。

その他、所論にかんがみ、当審における事実取調べの結果を参酌して検討しても、原判決が自首の成立を認めなかったのは正当であって、所論のような事実誤認や法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討すると、本件は、暴力団甲野会の構成員であった被告人ら二名が共謀の上、かつて甲野会の初代組長を配下の者に狙撃させた人物と目されていた被害者Cを公道上で射殺し、その際けん銃二丁及びこれに適合する実包八発を不法に所持した事案である。被告人らは、暴力団特有の理論ないし価値観に基づき、一年近く前から被害者の身辺を調査するなどしていたもので、周到かつ計画的な犯行であり、動機において酌量の余地はない。また犯行態様に、大阪市内でも有数のビジネス街において、白昼公然と至近距離から被害者の身体の枢要部を狙って合計七発の弾丸を発射し、そのうち六発を命中させてほぼ即死の状態で殺害したものであって、結果の重大性、残忍さは言うに及ばず、一つ間違えば一般人をも巻き添えにしかねなかった極めて反社会性が強い犯行であり、被告人の刑事責任が重大であることは、原判決が量刑の理由中で詳細に説示するとおりである。

こうした事情に徴すると、被告人が本件犯行の数日後に自ら警察へ出頭したこと、被告人にはこれまで前科がないこと、反省の情を示し、既に暴力団を脱退していること、その他被告人の家族状況など所論指摘の事情を十分考慮しても、原判決の量刑(懲役一八年)が重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入について刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋金次郎 裁判官 榎本 巧 裁判官 田辺直樹)

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